実際にあった相談事例③「賃上げをすると社会保険料が上がる?」

 こんにちは、さいたま市にある田中社会保険労務士・行政書士事務所の田中です。
 本日は、実際にあった事例として「賃上げをする際の注意点」についてご紹介させて頂きます。
ご依頼様のプライバシー保護のため一部フィクションを含んでいます。

【ご相談者】法人
【業  種】小売り業
【ご相談内容】会社設立をしてから3年が経って利益も上がってきたのでスタートアップの時
       から貢献してくれている従業員の給与を賃上げしたいが何か注意点はあるの
       か。


 給与を賃上げする際の注意点は、会社の状況や内情によって異なりますがスタートアップ時点であればおさえて頂きたいポイントが2つあります。

 まず、「いくら賃上げをするか」については、従業員に支払っている賃金が最低賃金を下回っていない限り法律に定めがないことなので自由という事です。ただし、一度賃上げした給与は、原則下げることができないと思ってください。勿論、例外はありますが深い話になるので別の相談事例にてご紹介させて頂きます。

 次に、賃上げをすると「社会保険料が上がる可能性がある」と言う事です。特に給与から天引きされている額が大きい健康保険料・介護保険料(40歳以上~65歳未満。以下同じ。)・厚生年金保険料が増額する可能性がある事がポイントです。

 これを理解するためには健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の計算方法を知る必要があります。計算をするには「保険料額表」があると分かりやすいので協会けんぽの方は、こちらからご確認ください。なお、業界特有の健康保険組合に加入されている方は、健康保険組合のHPからご確認ください。

表1:保険料額表

月給の方を例にご説明させていただきますと、以下の順番にて健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料が決定します。

①会社から支払われる月給や通勤手当などの諸手当、支払われる予定の見込み残業代の総額を想定で計算します。

②①の額が【報酬月額】のどこに当てはまるのか確認します。


③②が分かったら目線を右にずらして【全国健康保険協会管轄健康保険料】を見ます。


④従業員の年齢が40歳以上~65歳未満(介護保険第二号被保険者)の場合は、11.82%の折半額が「従業員負担分」として給与から天引きする額が決定します。

なお、折半なので全額のうち半額は「会社負担分」となりますが細かい端数の計算を考えないものとするならば、従業員負担分と同じ額と考えて頂いてOKです。
※40歳未満の場合は、10.0%をご確認ください。
※65歳以上~75歳未満の場合は、10.0%をご確認ください。


⑤④で調べている方が70歳未満の場合は、さらに右に目線を右にずらして【厚生年金保険料】を見ます。


⑥従業員の年齢が70歳未満の場合、18.3%の折半額が「従業員負担分」として給与から天引きする額が決定します。なお、折半なので全額のうち半額は「会社負担分」となりますが細かい端数の計算を考えないものとするならば、従業員負担分と同じ額と考えて頂いてOKです。


例)A男さん 45歳 短時間正社員 月額給与などの総額が135,000円の場合
【標準報酬額】=135,000円
【標準報酬月額】=134.000円
【健康保険・厚生年金等級】=10/7等級
【健康保険料・介護保険料】=11.82%の半額=7914.4円
【厚生年金保険料】=18.3%の半額=12.261円


 これで入社時の給与から天引きする健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料が決定しました。この後、入社月によってタイミングは異なります1年に1回「上記3つの保険料の見直し」4・5・6月に支払われた給与の平均値による3つの保険料の見直し(※算定基礎届)」によって定期的に3つの保険料が見直しされていくこととなります。

 ここで本題に戻りますが、給与を賃上げした場合には例外的に臨時で健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の見直し作業をしなければなりません。この見直し作業は行政が一方的にやっていただけるものではないので会社で確認する必要があります。また、後ほど説明させていただきます要件に該当している場合は見直し作業の結果を行政に届け出て「社会保険料が変わったこと」を伝えなければなりません。

 私が過去に関与したスポット案件では、この臨時で行う健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の見直し作業要件に該当した場合の届出ができておらず、突発的な行政からの調査によって不備が指摘され、正しい見直し後の健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料を最長で過去2年間にさかのぼって支払うこととなったケースがありました。

 そうならないためにも今回ご相談頂いた法人様には、給与の賃上げをした場合には健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の見直し作業要件に該当した場合には見直した結果を届け出ることが必要な旨、ご説明いたしました。なお、給与の賃下げをした場合にも同様のことが必要ですのでご注意ください。

 以下、要件です。なお、1つ1つの要件には例外があることだけ心の片隅に置いておいてください。

賃上げまたは賃下げにより月給・諸手当などの固定給に変動があった。
変動月からの3か月間に支給された給与総額(諸手当や変動する残業代を含む。)の平均値に該当する標準報酬月額とこれまでの標準報酬月額との間2等級以上の差が生じた。
3カ月とも給与の支払いの対象となる出勤日が17日(特定適用事業所に勤務する短時間労働者は11日)以上だった。
上記①~③すべての要件を満たした場合、変更後の給与を初めて受けた月から起算して4カ月目から改定されます。※4月に支払われる給与に変動があった場合、7月です

例)A男さん 45歳 短時間正社員 月額給与などの総額が135,000円であったが2万円賃上げした場合
【標準報酬額】=135,000円 →155,000円・・・2万円賃上げ
【標準報酬月額】=134.000円 →160,000円
【健康保険・厚生年金等級】=10/7等級 →13/10等級・・・3等級UP
【健康保険料・介護保険料】=11.82%の半額=7914.4円 →9,456円・・・差額1,541.6円
【厚生年金保険料】=18.3%の半額=12.261円 →14,640円・・・差額2,379円

 なお、会社は従業員と概ね同額の健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料を支払っているので2万円賃上げをすると15,41.6円+2,379円=3920.6円の健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料従来の支払っていた額に加えて支払う必要があります。

 結論2万円賃上げの後ろには3920.6円の健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の増額が隠れていることが判明しました。

 つまり人件費(2万円)+法定福利費(3920.6円)=23920.6円が会社側の実質的な支出となります。
大体、賃上げした額の3割ぐらい健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料増額する可能性があると覚えておけばよさそうです。

 田中社会保険労務士事務所・行政書士事務所では、こういった影響も考えてキャリアアップ助成金(3%の給与の賃上げが要件の1つ)を行う際には賃上げと健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の関係性についてご説明をしっかりさせて頂いております。

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