従業員が口頭で「辞める」と言った場合でも、その発言だけで退職が確定するとは限りません。
感情的なやり取りの中で出た言葉なのか、本当に退職する意思なのかを確認するために、退職届をもらうことが重要です。
従業員とのやり取りの中で、次のような場面が起きることがあります。
「そんなに言うなら辞めます」
「もう辞めてやる」
「だったら辞めればいいだろう」
感情的な場面では、会社側も従業員側も、強い言葉を使ってしまうことがあります。
しかし、ここで注意しなければならないのは、「辞めると言ったこと」と「退職が確定したこと」は別だという点です。
会社としては「本人が辞めると言った」と考えていたとしても、退職届などで本人の退職意思と退職日が明確に確認されていなければ、あとから「自主退職ではなく、会社から辞めさせられた」と争われる可能性があります。
これが怖いのは、単に「言った・言わない」の問題で終わらないからです。 後から裁判所などで、自主退職ではなく解雇だったと評価され、その解雇が無効と判断されると、会社は 退職したと思っていた日以降の賃金 を請求される可能性があります。
いわゆるバックペイの問題です。 会社としては「もう辞めた人」と思っていても、法的には労働契約が続いていたと扱われれば、その間の賃金が未払いだったという整理になり得ます。
だからこそ、「本人が辞めると言った」という記憶だけに頼らず、退職届などで本人の退職意思と退職日を明確にしておくことが重要になります。
退職届は、単なる形式書類ではありません。
従業員本人が、いつ、どのような意思で退職するのかを確認するための重要な書類です。
このページでは、労働契約の終了場面のうち「退職届・退職意思の確認」に絞って整理しています。 退職勧奨・合意退職・解雇・雇止めなどを含めた全体像は、総合案内ページで整理しています。
「本人が辞めると言った」は、会社が受け止めがちな言い分です
たとえば、勤務態度について注意したところ、従業員が反発して、
と言ったとします。
このとき、社長や上司としては、
- 本人が自分から辞めると言った
- 会社が解雇したわけではない
- 退職の意思表示があった
と受け止めるかもしれません。
しかし、実務上ここで問題になるのは、単に「辞める」という言葉が出たかどうかではありません。
本当に確認すべきなのは、その発言が、確定的な退職意思といえるのかという点です。
裁判所は、感情的な言葉をそのまま退職意思とは見ないことがあります
会社側からすると、「本人が辞めると言ったのだから、それは退職ではないか」と感じるかもしれません。
しかし、裁判所は、感情的なやり取りの中で出た言葉を、機械的に退職の意思表示とは見ないことがあります。
頭に血が上った場面では、人は強い言葉を使うことがあります。
その一言だけで、本当に退職する意思があったと評価できるのか。
裁判所は、発言の前後関係や、その後の行動も含めて判断します。
たとえば、従業員が「辞める」と言ったあと、翌日以降も通常どおり出勤しているような場合です。
このような事情があると、従業員側に本当に退職する意思があったのか、慎重に見られる可能性があります。
その状態で会社が「もう来なくていい」「帰ってくれ」と対応してしまうと、会社側としては自主退職のつもりでも、後から解雇と評価されるリスクが出てきます。
退職届をもらう意味
退職届をもらう意味は、単に会社の書類を整えることではありません。
一番大きな意味は、従業員本人の退職意思を、あとから説明できる形で確認することです。
退職意思を確認する
感情的な発言ではなく、本人が本当に退職を希望しているのかを確認します。
退職日を明確にする
いつ労働契約が終了するのかを明確にします。
後日の紛争リスクを減らす
あとから「辞めるつもりはなかった」と争われるリスクを減らします。
「辞める」と言ったことと、「退職届を提出して退職意思を明確にしたこと」は違います。
退職届は、単なる形式的な書類ではありません。 従業員本人の退職意思と退職日を明確にすることで、 あとから「辞めさせられた」と争われるリスクから会社を守るための書類 です。
退職届がないと、何が問題になるのか
退職届がない場合、会社は「本人が辞めると言った」と主張することになります。
しかし、従業員側から次のように反論されることがあります。
- 感情的に言っただけで、本当に辞めるつもりはなかった
- 会社から「もう来なくていい」と言われた
- 退職日について合意していない
- 退職届を書いた覚えはない
- 自主退職ではなく、実質的には解雇だった
このように争われた場合、会社側は「従業員が自ら退職した」と説明するための材料が必要になります。
その重要な材料の一つになるのが、退職届です。
もちろん、退職届があればすべて安心というわけではありません。 退職届を強く迫って書かせたような場合には、退職の意思表示そのものが後から問題になることがあります。
そのため、退職届は「書かせればよい」ものではなく、本人の意思を確認したうえで、無理のない形で提出してもらうことが重要です。
しかし、退職届がないまま退職処理を進めることは、会社にとって大きなリスクになります。
離職票や健康保険証の返却だけでは安心できません
会社側が誤解しやすいのが、退職後の手続に従業員が応じているケースです。
たとえば、次のような事情があると、会社は「退職を認めていたはずだ」と考えがちです。
- 離職票の交付を求めてきた
- 健康保険証を返却してきた
- 退職後の手続についてやり取りをしていた
しかし、これらの事情だけで、当然に退職を承認したとはいえない場合があります。
会社側からすると、離職票の交付を求めたり、健康保険証や貸与物を返却したりしている以上、「退職を前提に動いているのではないか」と感じるかもしれません。
しかし、裁判所は、労働者が職を失うことの重大性や、会社との関係における経済的な立場の弱さも踏まえて判断します。 会社から出勤を拒否された後に、生活や失業給付、健康保険のために手続を進めたとしても、それは退職に納得したからではなく、生活をつなぐためにやむを得ず対応しただけ、という見方もあり得ます。
そのため、退職後の手続に応じていたことだけをもって、 「退職に納得していた」と決めつけるのは危険です。
退職届をもらうときに確認したいこと
従業員から退職届を提出してもらう場合には、少なくとも次の点を確認しておきたいところです。
本人が自分の意思で退職を申し出ているか
退職日が明確に記載されているか
提出日が記載されているか
本人の署名または記名押印があるか
会社が退職を強制したような経緯になっていないか
特に重要なのは、退職日です。
「辞めます」という言葉だけでは、いつ退職するのかが明確ではありません。 退職日が曖昧なまま処理を進めると、後から「その日で辞めるとは言っていない」と争われる可能性があります。
退職届をもらえない場合は、退職扱いを急がない
従業員が口頭では「辞める」と言っているのに、退職届を提出しない場合があります。
この場合、会社としては早く処理したくなるかもしれません。
しかし、退職届が出ていない段階で、会社が一方的に退職扱いを進めることは危険です。
退職意思が曖昧な段階で「もう来なくていい」と伝えると、会社側から労働契約を終了させた、つまり解雇だと主張される可能性があります。
このような場合は、まず本人に対して、退職意思の有無を確認する必要があります。
先日の面談において、退職するという趣旨のご発言がありました。
現在も退職を希望される場合は、退職日を確認のうえ、退職届をご提出ください。
退職の意思がない場合、または退職について判断に迷われている場合は、その旨を会社までご連絡ください。
このように、会社が勝手に退職扱いにするのではなく、 本人の意思を確認する流れを作ることが重要です。
まとめ:本人の退職意思を確認することが、会社を守ることにつながります
「退職届をもらいましょう」という話は、実務ではよく言われます。
しかし、それは単なる形式論ではありません。
従業員が「辞める」と言ったとしても、感情的な場面で出た言葉なのか、本当に退職する意思だったのかは、あとから争われることがあります。
裁判所も、頭に血が上った場面で出た強い言葉を、そのまま確定的な退職意思とは見ないことがあります。
だからこそ、退職届をもらうことが重要です。
退職届は、単なる形式的な書類ではありません。
本人の退職意思、退職日、退職の経緯を明確にすることで、 あとから「辞めさせられた」と争われるリスクから会社を守る重要な材料 になります。
「本人も辞めると言っていた」
この一言だけでは、会社を守るには足りません。
従業員との雇用関係を終える場面では、退職なのか、合意退職なのか、解雇なのかを丁寧に整理し、必要な書面を残しておくことが大切です。
判断に迷った段階でご相談ください
従業員が「辞める」と言っている場合でも、そのまま退職処理を進めてよいかは慎重な判断が必要です。
田中社会保険労務士・行政書士事務所では、退職届・退職合意書・退職勧奨・解雇リスクなど、労働契約の終わり方について、会社側の立場から実務対応を整理しています。
相談の流れを見る