解雇は出来る?出来ない?
問題社員がいても「解雇」をすればいいのではないか?と思う方もいらっしゃるかもしれません。確かに雇用契約の「解雇」は、以下が根拠となりますので不可能ではありません。
解雇権の根拠①~期間の定めのない契約の場合~
「当事者が雇用の期間を定めなかったとき(いわゆる正社員が典型的)は、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」※民法627条1項
解雇権の根拠②~期間の定めのある契約の場合~
「当事者が雇用の期間を定めた場合(いわゆる契約社員が典型的)であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。」※民法628項
解雇は制限される
しかし、解雇の権利は常に自由に使えるわけではありません。多くの裁判例において以下が根拠となり「解雇が無効」となっています。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」※労働契約法16条
なぜ解雇は難しいのか?
そもそも客観的な合理的な理由とは??社会通念上相当であるとは??となるのではないでしょうか?
このように『解雇権を制限する法律の規定が抽象的』なため●●ならば解雇できる!と即決できず、解雇が有効になるかは『個人ごとの事案の背景に応じた対応』が必要となります。
実際に制限された解雇の3つの事例
① 電車内の痴漢行為を理由に駅係員を諭旨解雇したケース
大手鉄道会社が、通勤中に電車内で14歳の女性に非違行為をして略式命令※を受けた駅係員を解雇したケース
※刑事事件において、簡易裁判所が軽微な事件に対して通常の公開裁判を行わずに、書面審理だけで罰金や科料の刑を科す命令のこと
② パワハラ被害の申告を理由に大学教授を懲戒解雇したケース
大学教授の部下複数名からパワハラ被害の申告があり、その大多数が退職あるいは精神疾患になってしまい大学が当該大学教授を懲戒解雇したケース
③ 常習的なセクハラ発言を理由に管理職を普通解雇したケース
ある企業で、管理職の男性社員が日常的に部下の女性社員に対してセクハラ発言を繰り返しており、これに対し、会社は当該管理職を普通解雇としたケース
上記の3つの事例は、いずれも従業員から不当解雇だと裁判を起こされた事例です。かつ、全ての事例において各種解雇が無効(会社の敗訴)と裁判所に判断されています。
一般的な感覚で言えば、これだけ会社の信用度を落としたり、秩序を乱す行為をしていれば解雇してもいいと思いがちですが解雇の現実は甘くないことをご理解いただけたでしょうか。
では、解雇が無効となった場合に会社はどうなってしまうのでしょうか?
解雇が無効となった(裁判で敗訴した)場合の3つのリスク
① 高額な金銭(バックペイ)の支払い
従業員を解雇した場合、その後従業員への給与の支払いはしないと思います。しかし、裁判で解雇が無効と判断されると、解雇した時点に遡って給与を支払うことを命じられます。
裁判が長期化しやすい「地位確認訴訟※」の場合、一般的に一審だけでも1年~1年半かかりますので、その結果1,000万を超えることも珍しくありません。
※解雇が無効であることを裁判所に認めてもらい、従業員としての地位を回復することが目的の訴訟
② 復職命令による業務再調整
①のとおり高額な金銭(バックペイ)の支払いに加えて、「地位確認訴訟」で会社が敗訴すると、解雇した従業員の復職も命じられます。
もし、復職するとなれば部署の再編や業務の再調整が必要となり、業務が混乱する可能性もあります。
③ 企業イメージの悪化
労働問題が表面化することで消費者や取引先、採用活動にも響く可能性があります。
加えて●●(会社名)事件として専門書や裁判例の解説書に載ることやジャーナリストの取材対象となり、訴訟自体がドキュメンタリーのテーマになることもないとも言えません。
解雇トラブルの裁判は会社の事業を進めるための前向きな仕事ではない
解雇トラブルの裁判は、会社の事業を進めるための前な向きな仕事ではありません。また、ひとたび裁判となれば、「費用」と「労力」の負担は大きいものです。
解雇に関する裁判は、比較的短期間(2~3ヶ月※)で終わる「労働審判」と比較的長期間(1年~1年半※※)になりやすい「地位確認訴訟」があり、どちらを選択されるかは訴える側の判断なので会社でコントロールすることはできません。
また、裁判となると弁護士との協力が必須となりますので資料集めだったり、何回も面談を行いますのでこれらに時間を割くことになります。
他にも解雇した従業員の問題点について同僚、部下、上司などに裁判で証言することへの協力を求める必要もありますので社内のモチベーションにも気を配らなくてはなりません。
※地位確認訴訟に移行しなかった場合
※※第一審だけの期間。その後、控訴審(高等裁判所)で半年〜1年程度、上告審(最高裁判所)で1年〜1年半程度かかる場合もあります。
記事のまとめ
この記事では、問題社員への対応として安易な解雇がもたらす3つのリスク等を詳しく解説しました。
1. 高額な金銭(バックペイ)の発生
解雇が無効と判断された場合、過去に遡って給与を支払う必要が生じる可能性があります。
2. 復職命令による業務再調整
解雇が無効とされると、従業員の復職が命じられ、職場環境や業務運営に影響を与えます。
3. 企業イメージの悪化
労働問題の表面化は、顧客や取引先、採用活動に悪影響を及ぼす可能性があります。
解雇は容易ではなく、上記3つのリスクを避けるためにも問題社員と「合意退職」を成立させることが重要です。
その「合意退職」を成立させるためには「話し合い(≒退職勧奨)」が必要となります。しかし、何の準備もなく話し合いをしても「はい、辞めます」となるケースは少数です。
なぜならば、「自身の行動が問題だと分かっていない自己認識の歪み」があるからです。自身が問題社員ではないと思っている問題社員が、会社から「辞めて欲しい」と言われても納得しないのは容易に想像できます。その他、退職に踏み切れない理由として「退職後の生活への不安」もあります。
次回の記事では、上記の課題を踏まえ、合意退職を成功させるための具体的なポイントについて詳しく解説いたします。
⚠「本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、具体的なご相談は弊事務所までご連絡ください。」